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南界堂通信〈春号|第30号〉

エイズ対策のキーパーソンたち

井上洋士さん(順天堂大学)
怒りと悔しさをバネに
陽性者研究の道を切り拓く
井上洋士さん

エイズをめぐる混沌の時代、医療と生活の情報を提供するNGO「SHIP」を立ち上げ、その後もHIV陽性の人たちを対象とする調査研究を率いてきた井上洋士さん(順天堂大学)に突撃インタビュー!

MASH大阪(以下M):井上洋士さんといえば、Futures Japanという研究プロジェクトを立ち上げ、HIV陽性者の状況をさまざまな角度から浮き彫りにした研究を主導している方として知られていますが、そもそもHIVに取り組むきっかけは?

井上90年代の初め、大切な友人がHIVに感染しました。当時からHIV予防の方法はとても大きく扱われ情報もそこそこありましたが、感染して陽性になると情報のない別世界に放り込まれてしまう。その状況をなんとかしようと思ったのがきっかけですね。実際、彼は日和見感染症のひとつ、サイトメガロウイルスの網膜炎を発症したんです。ところがいくつかの病院が「受け入れ体制が整っていない」と診療を拒否した。結局その友人は失明してしまうのですが、患者にとって「情報がない」というのは、働きかける力、怒る力すら奪われてしまうことに改めて気づかされました。

M:情報を発信するために何をなさった?

井上:サンフランシスコとニューヨークのエイズNGOを訪ね、協力をお願いしました。どのNGOも「ここに資料があるから、好きにコピーしていいよ」と。あと、カリフォルニア大学サンフランシスコ校(UCSF)の図書館にも通いました。そこでも「好きにコピーしていいよ」(笑)。そうやって大量の情報を持ち帰り、仲間二人と情報を整理し、SHIP(Stay Healthy Information Project)のニュースレターというかたちで発信しはじめたわけです。情報を整理するにあたっては、米国NGOのニュースレターが参考になりました。あと、発信する内容については、国内のある病院の医師に監修を引き受けていただきました。とても感謝しています。

M:ニュースレター発行にかかる費用は?

井上:賛助金を募り、またトヨタ財団からの助成金をもらい、自分たちで編集とデザインをやり、安い印刷所を探して、97年くらいまで年3〜4回、発行しました。その頃になるとインターネットが普及し、患者も医療者も活発に情報発信される流れができてきたので、SHIPの役割は果たせたかなと思い、活動を休止しました。ただ、悔しい気持ちもありました。自分らは医療関係者ではないので、こうした情報を医療機関にいる患者らには届けにくかったのです。その悔しさをバネに、一念発起して母校の医学部健康科学・看護学科に学士入学したんです。そして看護師の免許を取り、HIV治療の国の拠点となる国立国際医療センター(当時)のエイズ治療・研究開発センター(ACC)で働きはじめました。

M:薬害HIV被害者の生活実態調査という、大規模な研究に取り組まれたのもその頃

井上:そうですね。96年、薬害裁判が和解というかたちになり、「患者の側が情報不足で主体的判断ができなかったために薬害HIVは発生した」と、我々のSHIPの活動に関心を寄せてくれた原告団から新たな調査の依頼を受けました。薬害被害者の方々の生活実態を調査するという大きなプロジェクトです。調査プロジェクトの長期的あり方を検討する準備に1年、患者の方々の調査に2年、遺族の方々の調査に3年、そして再度患者と家族を対象とした調査に3年、全部で9年かかわりました。その間に、東大の大学院で健康社会学を専攻し、そこで学んだことはFutures Japanにも活かすことができました。生活実態調査の結果は分厚い単行本にまとめてありますので、関心のある方はぜひ読んでみてください。

M:現在取り組んでおられるFutures Japanの調査はどのようなきっかけで?

井上:2010年の日本エイズ学会でメルボルンのラ・トローブ大学の研究者が陽性者対象の研究発表をされて、これに感銘を受けたのですね。千人規模の大きな調査で、陽性の人たちの本音が見える研究でした。翌年同大学を訪問し、極めて魅力的な調査研究であることがわかりました。「日本でやってみよう」と思い、資金獲得ができたので、今まで継続して取り組んでいるところです。やってみて、特に研究者と行政との連携という点では「日本にはまだまだ壁があるなぁ」と痛感しています。

M:貴重なお話、ありがとうございました。

※井上さんが起ち上げた「SHIP」は既に解散しています。横浜にあるコミュニティスペース「SHIP」と混同されませんように...

編集部のコメント

「大学時代の話だけでも2時間は語れますよ!」とハニカミながら話す姿はまるでヤンチャな少年のようでした。怒りに突き動かされて活動を始め約30年、意義のある歳の重ね方をされてきたとてもステキな方でした。

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