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南界堂通信〈秋号|第32号〉

知られざる偉人伝

大島弓子(漫画家/1947-)
少女漫画のフリをしつつ
当事者の現実を深掘りする孤高の作家
大島弓子(漫画家/1947-)

前回は山岸凉子を取り上げましたから、次はこの人ですわね。大島先生。取り上げるのは『バナナブレッドのプディング』。長さから言っても内容の濃さから言っても代表作だろうと思います。たいがいの大島作品はせいぜい五十頁くらいの短編なのですが、この作品は二百頁に及ぶ大作。といっても山岸先生の『日出処の天子』はざっと二千頁ですからねぇ。

主人公は三浦衣良みうらいらという女子高生。転校してきたクラスで幼馴染の御茶屋さえ子と再会。話すうちにさえ子は衣良が昔とちっとも変っておらず、子供のままの純真無垢な心を持ち続けていること、今でも夜中にトイレにひとりで行けず、姉に付き添ってもらっていること、その姉があす結婚すること、両親は衣良を精神鑑定にかけ、異常と出れば施設に送り込もうとしていること、自分の生きる意味は「世間にうしろめたさを感じている男色家の隠れ蓑となり、その男色家が社会に出られるようになるまで妻として支えること」だと考えていることを知る。衣良が精神崩壊の危機にあることを察知したさえ子は、早速行動を開始する…こう書くと、この話はさえ子による衣良の救済劇と読めるのだけれど、そして実際そういうふうに物語は展開していくのだけれど、大島先生、そうした物語の枠組みにいろんなものをブチこんでいく。

さえ子の計画に、さえ子の兄で女色家のとうげ、さえ子が想いを寄せる「世間にうしろめたさを微塵も感じていない男色家」の奥上大地おうがみだいち、奥上の恋人で「世間にうしろめたさを大いに感じている男色家」の新潟教授がからみ、錯綜した五角関係が出来しゅったい。この五つの惑星に、衣良の両親、衣良の姉の沙良、教授の家を切り盛りする上品な家政婦さん、教授の教え子でさえ子のカウンセラー役を務める若者、がまるで衛星のようにからみ、その衛星たちに突き動かされるようにして惑星たちは行動を起こし、まるで玉突きのように互いの反応を呼び覚まし、いったんは破局を迎えるかに見えたところで…

主人公の衣良は、今だったら自閉〇〇〇などというレッテルを貼られる存在だろう。そうしたレッテルの裏にある、その人にしか生きることのできないとてつもなく豊かで深い、夢と現実の世界を大島先生は私たちの目の前に差し出す。

他の作品はどうか。世間からは「重度のアルツハイマーを患い、飛び降り自殺した老人」というありがたくないレッテルを頂戴するであろう主人公は、若い家政婦にだけ自分の幸せな姿を開示する(『金髪の草原』)。不慮の事故で亡くなった、世間的には「可哀そうな」不慮の事故で命を落とした二人の男女の霊が出会い、女性の遺体が火葬に付される直前、女性の身体に入って蘇生させる(『四月怪談』)。階段から落ちて流産し、それがきっかけで精神を病んだ妻に、夫は最後まで寄り添おうと決心する(『ダリアの帯』)。『パスカルの群れ』『七月七日に』『つるばらつるばら』など、性的マイノリティが登場する物語もたくさんあるけれど、どれも当事者個人にしか身にまとえない現実をまとって登場する。

山岸先生が長大なスケールで若者の葛藤と自立を描き出したのに対し、大島先生は短い挿話のなかで、危機に直面したとき人はどう行動すべきか、という問いを読者に投げかける。三浦衣良の身の上話を聞いた御茶屋さえ子は危機回避に向けて奔走する。『ダリアの帯』の夫は、妻の、世間的には「精神の病い」と名指される行為が森羅万象との対話であることに気づき、受け入れる。彼らは「人の道」に目覚めるのだ。そうした意味で、大島先生の作品は『聖書』や『論語』や数々の神話にあらわれる説話、寓話に近い。人の倫理を問う物語といえるかもしれない。そうした倫理の物語が、この上なく美しい、シンプルかつ繊細な筆致であらわされる。なかでも、大きく見開かれた目の描き方は特筆に値するだろう。大島先生の描く目は、その人物の心の窓であり、その人物がどのような精神状態にあるかを如実に示す。読者はもっぱらこの目を通して感情移入することになるのだ。

鬼塚哲郎

山岸先生、大島先生ともに、まだ「やおい」とかBLといった言葉もなかった時代に、ゲイを主人公に据えた作品を発表しておられます(ワタクシが大学生の頃です)。近年のBLブームにのって量産される作品群を垣間見るたびに、両先生の到達した高みに目のくらむ思いを感じるのはワタクシだけでしょうか?

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