男色エンタメ紀行
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ぼくたちの愛と闘いの物語として、ゲイ・ヒストリーを回顧する濃厚な政治ドラマ
『フェロー・トラベラーズ』
フェロー・トラベラーズ ©Showtime Networks Inc. All rights reserved.
ゲイ・ヒストリー、つまり、「ぼくたちの歴史」をどのように後世に語り継いでいくのか。近年、とくに海外ではそのような意識とともに作られている映画やドラマが増えているが、Paramout+で配信されているドラマ『フェロー・トラベラーズ』もまさにそんな一作だ。
ゲイ当事者たちが、自分たちの歴史を自分たちの手で残していくために制作されたドラマと言っても過言ではないのだ。
物語は1950年代のワシントンDCから幕を開ける。国務省で出世街道を進むホーキンス(マット・ボマー)は、同性愛者であることを隠しつつ気軽なセックスを楽しんでいた。というのも、当時のアメリカ政界はジョセフ・マッカーシーによるいわゆるマッカーシズム、赤狩りが脅威になっており、共産主義者だけでなく同性愛者も排斥されていた時代だったからだ。そんなとき、ホーキンスは政界に入ってきた年下の青年ティム(ジョナサン・ベイリー)と出会い、ふたりは次第に惹かれ合うようになっていく…。
原作は2007年に発表されたゲイの作家トーマス・マロンによる同名小説。制作は『フィラデルフィア』(1993年)や『僕の巡査』(2022年)といったゲイ映画の脚本を書いてきたベテランのロン・ナイスワーナーが務めている。また、主演を務めるマット・ボマーとジョナサン・ベイリーはオープンリー・ゲイの俳優であるため、まさにゲイが作ったゲイのドラマになっているのだ。
ドラマは1950年代を起点として、1980年代までのふたりの関係の変化を描いていく。このドラマがアメリカで話題になったのは、全8話中ほとんどのエピソードでボマーとベイリーの濃厚なセックス・シーンが登場すること。それも、毎回プレイの内容が変わるという本気ぶりで、ハンサムな俳優ふたりの絡みにゲイ・メディアやゲイの視聴者は大いに盛り上がった。ただ、それもたんなるサービス・シーンというわけではなく、ふたりの関係の変遷を表現するものになっているのがこのドラマの巧いところ。時代が進んでいくとホーキンスは政界で出世するために女性と結婚し、一方のティムは社会運動に参加していくのだが、ふたりはけっして離れることができない。その関係を繋ぎとめているのが、セックスであり、愛でもあるのだ。
そしてこのドラマが面白いのは、アメリカのゲイ・ヒストリーにおける重要な局面が政治という観点からピックアップされていること。1950年代にはマッカーシーの右腕として暗躍したロイ・コーンが登場するが、彼はゲイ戯曲の傑作『エンジェルス・イン・アメリカ』(1991年初演)でも描かれた実在の人物だ。コーンは自身が同性愛者にもかかわらず、そのことを隠して政界の同性愛者たちを破滅に追いやっていった。
1980年代にフォーカスされるのは、もちろんエイズ・クライシスだ。当時のレーガン政権がゲイ・コミュニティを軽視したために有効な政策を実施せず、多くの犠牲者が生まれてしまったことも本作ではしっかり語られている。だからこそ、当時のゲイたちは文字通り命がけで闘うしかなかったのだ。そのとき、ホーキンスとティムはどうしたのか。そこがこのドラマのクライマックスとなっている。
いま、HIVに感染しても早期に発見して適切な服薬をしていればエイズを発症しないことは常識になっているし、ウイルス値を検出限界値未満に抑えていれば性行為で感染させない、いわゆるU=Uも知られるようになっている。だからMSMの間でもHIV/エイズは良くも悪くも「怖くないもの」として認識されているかもしれない。けれども、HIV/エイズが「ぼくたちの歴史」において、本当に恐ろしい病だった時代があったこと、そして、自分たちの命とコミュニティを守るために闘った人びとがいたことを、このドラマはあらためて語り直す。
ホーキンスとティムの数十年に及ぶ関係を描く『フェロー・トラベラーズ』は、しかし、ふたりだけに閉じた物語ではない。横暴な政治に翻弄されてきた、すべての同性愛者たちに捧げられたものだ。そこには多くの悲しみや死もあったけれど、いつだって多くの仲間たちがいたこと、そして消えない愛があったことを、現代に伝えようとしているのである。
【配信情報】
「フェロー・トラベラーズ」 シーズン1(全8話)
Paramount+は、WOWOWオンデマンドで好評配信中!
https://wod.wowow.co.jp/program/199612
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木津毅(きづ つよし)
ライター。1984年大阪生まれ。
映画、音楽、ゲイ・カルチャーを中心に様々なジャンルで執筆している。『ミュージック・マガジン』で「木津毅のLGBTQ+通信」連載中。編書に田亀源五郎『ゲイ・カルチャーの未来へ』(Pヴァイン)、著書に『ニュー・ダッド あたらしい時代のあたらしいおっさん』(筑摩書房)がある。