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南界堂通信 夏号|第47号

男色エンタメ紀行

ゲイの映画作家アンドリュー・ヘイ監督が描く、「わたしたち」の物語。

『異人たち』

わたしたちは人生に愛を見つけることができるのだろうか? そんな大きな問いに向き合うのが映画『異人たち』だ。もちろんそれはすべての人間に突きつけられる問いではあるのだが、この映画はとりわけ、ゲイの人生につきまとう孤独を見つめている。「ゲイであるわたしたち」の物語として伝えようとする意志が強く感じられるのだ。
原作は山田太一の小説『異人たちとの夏』。1987年に発表され、その翌年大林宣彦監督によって映画化もされている作品だ。脚本家の中年男性の主人公が、12歳のときに交通事故死した両親と再会するという幻想的な幽霊譚と言えばいいだろうか。彼はある女性とも出会い親密になっていくが、そこで際立っていたのは現代に生きる人間たちが抱える孤独だった。
今回の再映画化は舞台をイギリスに移したもので、監督は『さざなみ』や『荒野にて』といった繊細な人間ドラマ作品で高く評価されてきたアンドリュー・ヘイが務めている。基本的な設定や筋書きは原作通りなのだが、もっとも大きな変更点は主人公の脚本家のセクシュアリティがゲイ男性になっていることだ。彼が出会うのも年下のゲイ男性に変えられている。
この変更は監督にとって必然的なものだったと思われる。というのも、ヘイ監督はゲイを公言している映画作家であり、これまで『WEEKEND/ウィークエンド』やドラマ「LOOKING」などゲイ・テーマの作品を発表してきた人物だからだ。とくに『WEEKEND』は数日間のゲイのロマンスを親密に描き出し、ゲイ映画の金字塔とも評されている作品だ。そこでは「一夜限り」から始まった関係が特別になっていく瞬間がリアルに、みずみずしく映されていた。一方で『異人たち』では、中年のゲイ男性が直面する孤独が徹底的に突きつめられている。それは、原作で描かれていた主人公の心情を監督自身がきわめてパーソナルなものとして捉えなおしたことの表われである。
主人公のアダムはロンドンの寒々としたタワーマンションで暮らす中年男性で、恋人や友人のいない生活を送っている。子どもの頃に他界した両親の思い出にまつわる脚本の執筆のためにあるとき郊外の故郷を訪れると、そこで死んだはずの両親と再会する。久しぶりの家族の集合を喜ぶ3人。その不思議な体験と並行し、アダムは同じマンションに住んでいるという若者ハリーと出会い、次第に惹かれあうのだった…。
両親に出会ったアダムは、子どもの頃にできなかったカミングアウトを「やり直す」。彼は両親と死別したために、自身のセクシュアリティを家族に伝えられなかったことをずっと引きずってきたからだ。「ゲイであることを知ったら、両親はもう自分のことを愛してくれないかもしれない」といった不安や恐怖は、多くのゲイが思春期の頃に抱くものだろう。本作ではそれが、中年になっても忘れられない切実なものとして描かれるのだ。両親は…とりわけ母は息子への心配からゲイへの偏見に満ちた反応を見せるが、それでも親子は会話と共感によってお互いを受け入れ、心情的につながっていく。

一方、アダムはひと回り年下のハリーに対し、HIV/エイズに対する恐怖が若いゲイの間でなくなっていることや、「ゲイ」よりも「クィア」を自称として使っていることなどに当初は世代の差を感じる。けれどもお互いに心を開くようになると、ハリーもまた家族から微妙に疎外され孤独感を抱えていることを知る。アダムはつぶやく…「時代は変わったのに、あの焼けつくような痛みがあっという間に蘇ってくる」。
時代は変わり、過去に比べればゲイの人生もずいぶん明るいものになったかもしれない。しかしながら『異人たち』は、いまもまだ目の前にあるものとしての孤独や、消えない過去の痛みをたしかな感触とともに立ち上げる。それでもアダムは両親にずっと抱えてきた苦しみを吐露し、ハリーと寂しさを共有することで、誰かと心でつながることの尊さを噛みしめる。この映画は、痛みを分け合うことが愛なのだとはっきりと宣言している。それこそが、わたしたちゲイの生に必要なのだと。本作のエンドクレジットで流れる
フランキー・ゴーズ・トゥ・ハリウッドの“The Power of Love”は、エイズ禍で亡くなったゲイたちに愛を捧げる歌だった。

木津毅(きづ つよし)

ライター。1984年大阪生まれ。
映画、音楽、ゲイ・カルチャーを中心に様々なジャンルで執筆している。『ミュージック・マガジン』で「木津毅のLGBTQ+通信」連載中。編書に田亀源五郎『ゲイ・カルチャーの未来へ』(Pヴァイン)、著書に『ニュー・ダッド あたらしい時代のあたらしいおっさん』(筑摩書房)がある。

『 異人たち 』

▪監督 : アンドリュー・ヘイ 『WEEKEND ウィークエンド』『さざなみ』『荒野にて』
▪出演 : アンドリュー・スコット ポール・メスカル、ジェイミー・ベル、クレア・フォイ
▪4月19日(金)全国劇場にて公開
▪配給 : ウォルト・ディズニー・ジャパン
▪北米公開:2023年12月22日
▪製作年 : 2023年
▪製作国 : イギリス
▪原題:ALL OF US STRANGERS
▪原作 : 『異人たちとの夏』山田太一著(新潮文庫刊)
▪公式サイト : https://searchlightpictures.jp/movies/allofusstrangers