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南界堂通信 秋号|第48号

男色エンタメ紀行

HIVとともに生きるゲイとして
自身の経験と感情をストレートに表現するミュージシャン

ジョン・グランド
John Grant(ジョン・グラント)

John Grant(ジョン・グラント)

 もしジョン・グラントのことを知らないなら、
「John Grant + Disappointing」で動画検索して、「ディサポインティング」という曲のミュージック・ビデオを見てみてほしい。

舞台はゲイ・サウナ、つまりハッテン場。そこでグラントは、裸の汗まみれの男たちに囲まれながら朗々と愛について歌っている。

 ジョン・グラントは1968年生まれ、アメリカ出身のシンガーソングライターだ。ゲイであり、HIVとともに生きていることを公言している彼に取材する機会があったので、例のミュージック・ビデオについて尋ねると、「ぼくは無防備なセックスをああいうサウナでたくさんしてきた。あのビデオではセクシーなゲイの男たちがたくさん映っているけれど、ぼくにとってゲイ・サウナは自分がジャッジされるような気持ちになるつらい場所でもあったんだ。そんな感情もあのビデオにはこめられている」と説明してくれた。そんな風に、彼は自分がリアルに感じていた恐怖や不安、悲しみ、みじめさ、みっともなさ…といった、ひとが隠したがる感情を歌にしてきた。たとえば保守的なキリスト教の家庭で育ったグラントにとって、自分が同性愛者であることは受け入れがたいことだったが、そうした暗い過去についても率直に歌っているのだ。

 HIVについても同様だ。HIV陽性であると診断された経験をテーマにした曲「アーネスト・ボーグナイン」で彼は、「医者はぼくを見ずに、ぼくが病気だと言った/ぼくは何を期待していたんだろう?/縮こまって生きてきたのに/遅すぎることはなかった/いったい何を恐れていたんだろう?」と、診断を告げられた瞬間の混乱した感情を赤裸々にさらけ出している。それ以来インタビューでも自身がHIVとともに生きていることを何度も話していて、「ぼくは自分の人生をめちゃくちゃにして、破壊的な行動を繰りかえし、避けられたはずの病気にかかってしまった」と自分の経験を振りかえっている。わたしが取材したときは、「最近の若いひとのなかにはHIVなんか簡単にかかるものじゃないし、かかったとしても薬を飲んでたらだいじょうぶと言って(予防せずに)好き勝手にしてもいいと思っているひともいる。ぼくはそれをいいことだとは思わない。ぼく自身が危険なセックスをしてきたからこそ、そう思うんだ」との意見を話してくれた。欧米ではHIVポジティヴであることを公言しているミュージシャンは何人かいるけれど、ここまで正直に自分自身の表現に昇華しているひとは、そう多くはないだろう。ジョン・グラントがゲイ・カルチャーにとって重要な存在なのは、綺麗ごとだけでない様々な経験や感情を当事者の視点から綴ってきたからだ、とわたしは思う。

 そんなグラントは、自分自身の経験だけでなく、「グレイシャー」という曲ではつらい想いをしてきたゲイやクィアの人びとに向けたメッセージを綴っている。それはゆったりとした優しく感動的なバラードで、そこで彼は苦しみや孤独感を乗り越えてひとが繋がることの大切さを歌う。ミュージック・ビデオも素晴らしい(「JohnGrant +Glacier」でぜひ検索を)。

そこでは1950年代頃からのLGBTQの歴史や文化のアーカイヴがものすごい量で映されていき、もちろんエイズ・クライシスの時代の映像もたくさん挿入されている。たくさんの犠牲者が生まれてしまったけれど、それでも権利を求めて闘ってきた人びとがいたからこそ現在があることが、そのビデオからはダイレクトに伝わってくるのである。

 そんなグラントは、50代なかばになったいまも精力的な活動を続けていて、今年は6枚目となるアルバム『ジ・アート・オブ・ライ』をリリース。そこでも相変わらずダークな感情を実験的なサウンドとともに歌っている。はじめてジョン・グラントを聴くという方は、ソウルフルなバラードがたくさん入ったセカンド・アルバム『ペイル・グリーン・ゴースツ』(2013年)がオススメ。わたしの取材は、ゲイ・エロティック・アーティストの田亀源五郎さんとの対談になっていて、音楽メディア『ele-king』で読めるので、そちらもチェックしてみてください。

John Grant - The Art of Lie 最新アルバム『ジ・アート・オブ・ライ』

最新アルバム『ジ・アート・オブ・ライ』

木津毅(きづ つよし)

ライター。1984年大阪生まれ。
映画、音楽、ゲイ・カルチャーを中心に様々なジャンルで執筆している。『ミュージック・マガジン』で「木津毅のLGBTQ+通信」連載中。編書に田亀源五郎『ゲイ・カルチャーの未来へ』(Pヴァイン)、著書に『ニュー・ダッド あたらしい時代のあたらしいおっさん』(筑摩書房)がある。