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南界堂通信〈春号|第42号〉

エイズ対策のキーパーソンたち

選ぶのは患者さん自身

国立病院機構大阪医療センター 渡邊大わたなべだい 先生

国立病院機構大阪医療センターでHIV診療の最前線ともいうべき注射療法に取り組む渡邊大先生に突撃インタビュー!

国立病院機構大阪医療センター 渡邊大 先生 国立病院機構大阪医療センター 渡邊大 先生

MASH大阪(以下M):そもそも、医者の道を志したきっかけは?

渡邊:そうですね、父親が医者で、小さいときから影響を受けてましたね。迷った時期もありましたが、結局、大学進学の際、医学部を選びました。
学部では免疫に重心を置いた内科の講座に所属し、大学院では先天性免疫不全症の研究に打ち込みました。ただ、この病気の患者さんはほとんど小児ですので、当時勤めていた病院ではまず出会うことがありません。研究したことをなかなか診療に活かせないという悩みを抱えていたわけですが、そんなとき大学の指導教授から、HIV診療のできる医師を探している病院があるが行く気はないかと問われ、じっくり考えてから決断し、今の病院に来たというわけです。2006年のことです。

M:2006年当時、HIV診療の状況はどのようなものだったのでしょうか?

渡邊:逆転写酵素阻害剤とプロテアーゼ阻害剤を組み合わせた多剤併用療法が導入されて10年ほど経った時期でしたが、問題が2つありました。
ひとつは、深刻な副作用が生じることがあり、そのために入院するケースもあったくらいです。もうひとつの問題は、飲み忘れがあると薬剤耐性を持つウイルスが生じることです。

M:飲み忘れを防ぐためにさまざまな工夫がなされた時期でしたね。そうした状況が改善に向かうのはいつ頃でしょうか?

渡邊:2009年頃インテグラーゼ阻害剤が登場し、副作用は少なかったのですが、まだ工夫が必要でした。2014年に、シオノギ製薬が開発した第2世代インテグラーゼ阻害剤が登場し、さらにその数年後、これと新しいタイプの逆転写酵素阻害剤を組み合わせた薬がギリアド社によって開発され、これが現在まで切り札的な薬として使われています。
この薬の利点はたくさんあります。まず1日1回、食事不要で飲めること、1錠に3つの異なったタイプの薬が含まれていること、副作用が少ないこと、耐性ができにくいこと、薬物相互作用が少ない、つまり他の薬との飲み合わせを心配する必要があまりないこと、などです。

M:この間に、抗HIV薬の目覚ましい開発競争があったわけですね。そうすると、2016年の段階で、今行われている治療法がほぼ確立したことになりますか?

渡邊:そうなのですが、そうすると、新たな課題が見えてきます。そのひとつは、1日1回1錠になったとしても、生涯にわたって毎日薬を飲み続けることは、患者さんにとって相当な重荷であるということです。このことは、たとえば新型コロナウイルス感染症やインフルエンザの治療薬と比べるとわかりやすいのかなと思います。
もうひとつの課題は、HIV感染症には依然として偏見があるために、患者さんのプライバシーを守る必要があるということ。たとえば患者Aさんが家族と同居していて、感染を告げていないとしたら、薬を所持し、毎日飲んでいることを知られないようにしなければならない。これも相当な重荷となります。もしAさんが2ヶ月に1回、注射で飲み薬と同じ治療効果が期待できるとなれば、治療の選択肢が大きく拡がりますよね。

M:確かに! 2ヶ月に1回通院するだけで、薬を持ち歩く必要がなくなれば、通院と通院のあいだはHIVのことを考えなくてもいいわけだし、生活の質が随分向上する気がします。

渡邊:実は、2014年の段階ですでにヴィーブ社とシオノギが共同で注射薬を開発していました。ただ、耐性ウイルスの発生を抑えるため、抗HIV薬は2種類投与することが必要なのですが、ヤンセンファーマ社が別の注射薬を開発し、注射薬2種の治験が開始され、昨年の5月に認可が下りて6月以降提供することが可能となりました。

M:注射薬の効果は?

渡邊:そこが問題なのですが、今のガイドラインでは「飲み薬に大きく劣るものではない」というのが公式見解です。それと、規則正しく注射しても耐性ウイルスが生じるケースが海外で報告されていますし、中断すると耐性ウイルスの生じる確率は極めて高くなる、ともいわれています。

M治療の質を高めるというより、生活の質を高めるものである、と?

渡邊その通りです。ですから私たちは、積極的に注射薬を勧めるのではなく、情報を提供し、患者さんから希望があれば、患者さん、薬剤師、医師の三者で相談して決めるというスタンスを取っています。注射薬による治療がうまくいかなければ、飲み薬に戻ることも可能です。

M:刻々と進化するHIV診療についての貴重なお話、ありがとうございました。

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